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ななぶん第一号 感想

『いつかまた、放課後の図書館で』 辻城友兎

 初めて読んだときも思いましたが、本を読むことと書くことの楽しさ、素晴らしさを素直に表現できるというのは本当に羨ましいことなのです。僕はどうしてもそこに無力さを感じてしまい、本を読んでいていくら楽しくても結局そこに意味はないと思ってしまいます。そうしたメタ的な視点はおそらく間違っているもので、この作品のようにそれ自体を楽しむことができれば一番良いのです。もしかしたら作者の方もそれをわかっていて自覚的に書いているのではないかと思うのですが、僕はそれが明示的に書かれていないと不安になってしまうのですね。だからやはりこの作品に対する一番の感想は「羨ましい」ということになってしまうのです。

『うたたねする灰色のペンギン』 瓜羽

 文章の真面目さがころころ変わるしすごく気分とかノリで書いてそうなのに作品として成り立つあたりが本当にすごくてきっと僕には真似できないなぁとか思ってしまいます。僕自身は小説なんて書いたことないけれど、同人誌を読むとどうしても自分だったらこれを書けるだろうかみたいなことを考えてしまいます。この作品に関しては多分狙ってやっても似たようにはならないしすごいなぁというのが正直なところです。でも羨ましいとは思いません。  本が別次元からの襲来者として立ち現われているのは面白いところです。それなのに主人公を案内してくれるのはこの世界なのです。僕らは本の世界にはいけないけど、本に導かれてこの世界を少し良い感じに生きることができるのかもしれません。結局生きることができる世界はこの世界以外にはありえないのですから。そうはわかっていても僕はこの世界にこの世界ではないものを生み出したいと思ってしまいます。それは多分僕がまだ若いからで、何がしかを諦めきれていないからで、こんな気持ちが死んでしまうのもそう遠い未来ではないのかもしれません。

 43ページ下段19行目は「テーブル席"に"座り」かなと思った。(脱字だとしてそれを指摘することに意味なんて無いと思います)

『ビブリオテーカー』 蔦井雪奈

 バチバチのライトノベルっていうのはこういう作品のことを言うんじゃないかと思います。現実のおかしなところを誇張して極端にしてストーリーと設定でバシッと見せる、これがかっこいいんですよね。でもやっぱりこの長さではいろいろ制限が厳しすぎて難しいのではないかなとも。

『your book』 戸松秋茄子

 最後の期待を捨てきれないところがとても好きです。やりきれない期待に身を焦がされるとかそういう人(らしきもの)の心の根本的な不完全さは深く追求していきたい話であります。その上でやはり僕は人間的な不完全さを超越するポスト・ヒューマン的な考え方にとらわれているような面があることは否定しきれないかもしれません。その意味で端末に宿る人格というのはひとつの超越的なあり方なのではありますが、人間らしさが残る限りやはり人間的な欠点からは逃れられなさそうです。人間性を超越するということはある意味今の人間から見た虫のようになることなのではないかと考えています(感想から離れてきた)。理屈っぽく話を作っていく作者さんみたいだしやはり第一感が間違ってなかったと思ったのが印象深いです。

『立ち姿の美しい女』 露木谷産

 僕はあんまりこの手の作品を読まないので、小説ってこういう書き方もできるんだーという感じになりました。私小説を書いているという体の小説というなんだかよくわからない構造を読み解く訓練をしたことがないので、本当はもっと多くの情報、面白さを読み込むことができるのだろうなぁと思います。やはり食わず嫌いせずにいろいろな本を読むべきなんだろうというのはわかっているつもりでもなかなか実行できたことではありません。そういう意味でこういうアンソロジーというのは新鮮で面白いですね。

『真夜中のキャノンボール』 二葉ケイコウ

 詩、なにもわからなくないですか。ペーパー? の方で藍上さんが「詩というのは、率直で良い」ということをおっしゃっていますが、これは率直なのでしょうか。率直という感覚がかなり違う気がします。何をどう読んでいいのかさっぱりですが、嫌いではないです。むしろ好き。

『選択肢の無い本』 藍上踊

 この作品こそ僕の考える「率直」な作品であります。冒頭いきなり嫌なことについて単に「嫌でしょ」じゃなくて「絶対に嫌でしょ」と言い出すあたりが最高です。もうなにもかもそのままじゃないですか。これを書いていて恥ずかしくならないんでしょうか。僕は読んでいるだけで恥ずかしくなってしまいます。twitterを見ていても少し思うのですが、僕はこの作者さんと近い部分があって、それっていうのがかなりそのままこの本であるように思うのです。初めてこれを読んでうわぁーこんな赤裸々に書いてしまう人がいるんだー! って思ったことは今でも覚えていますし、それでかなり作者さん自体に興味をもったことは事実です。もともとこの同人誌を買う前は戸松さんしかフォローしていなくて、完全に戸松さんの作品目当てで買ったものですが、そういう流れから面白い人を見つけられたのは嬉しいことです。正直買う前に各位のツイッターを確認した際には「軽薄なオタクっぽいなぁ」と思ったものですが、これがなかなか人は見かけによらないというか。実際長くツイッターを見ているとそれなりにそういう性質を持った人であることはなるほどわかるのですが。  作品内容に関して言えば、僕はそれほどまだ小説の力というものを実感してはいません。それこそが僕の小説を書かない理由だと思いますし、僕が諦めていないということの言い換えでもあるように思います。何かを諦めてそれでも良いことを頑張って探していくという感じのストーリーに対して、僕はまだ諦めきれていないのですね。いつか諦めるときが来たら、ひょっとすると僕は藍上さんと似たような振る舞いをするのではないかと思っています。その意味でもこの人に注目していきたいと思っています。  同人誌は作者と強く結びついている気がし、作品を読むと作者と僕の距離というのを考えてしまいます。具体的には、僕が人生をどの地点からやり直すとその作者さんのような感性を手に入れられるだろうかということを。その観点からすると、辻城さん、瓜羽さん、戸松さんあたりは多分生まれる前からやり直さないといけなくて、それだけ離れているからちょっと冷静な目で見ることができる面があります。一方この藍上さんなどは今の僕の延長線上にもありえる気がして、なんだか、こう、もどかしい感じがします。たぶんあまり知らないからこういうことを言えるのであって、当人についてちゃんと知ると案外似てないなという感じになるのだとは思いますが、まぁ今のところはそんなことしなくてもいいじゃないかという感じです。

おわりに

 この記事が誰に向けたものかは難しい問題となっております。一応作者の方々には読まれない前提で好き放題書いていますが、読者の方が検索で引っ掛けてくれるとも思えない気がしますし、一方でこの作品を読んだことのない人にはなにも伝わらない書き方で、果たしてこれはどういう意図で書かれたものなのか僕自身わかりかねます。しかし、一つのプライドとして、同人誌への金銭的な支払いは本作りが赤字にならないための経費であり、作品を読んだこと自体への対価は感想を書くこと以外ありえないのではないかということを考えています。作者さんに読まれることを意識するとどうしても嘘くさくなってしまうのが嫌で、こうしてひっそりと自分のブログに書くという形にしてしまいましたが、僕としてはここまででやっと一年半前のイベントが終わったということになります。ありがとうございました。